誰でもいいって訳じゃない

赤西とSMAP、その他J事務所のつまみ食い

さようなら、故郷

久しぶりに書くことがこんなことになるとは思わなかった。

 

正直、私がハイフンだと名乗っていたのは赤西くんが抜けるまでだったので、5人、4人になってからのKAT-TUNは追いかけてなかった。それでも、高校生のころから、大学卒業までずっと好きだったし、その繋がりで出来た友達もたくさんいた。ハイフンはみんな面白くてノリが良くて行動派で、会ってみたら普通に可愛い子ばかりでびっくりした。ファンは担当に似るというけど、本当にそうだった。私がハイフンでいて一番楽しかったと思っているのは、ハイフンのみんなが楽しい人たちばかりだったからだ。青春の一番楽しく、キラキラとしていた時期を、私はKAT-TUNとハイフンと過ごした。宝物のような思い出を、たくさんくれた。大好きだった。あんなに夢中になって一つの物を好きになって楽しかったのは、KAT-TUNだけだ。

 

そのKAT-TUNから赤西くんがいなくなったとき、私の中で、KAT-TUNの存在は少し軽くなった。私は個人としての赤西くんが好きすぎた。もう6人で並ぶ姿が見れないのか、仁亀のあのハモりはもう聴けないのか、とかそういうことも思ったけど、それでもあの時のKAT-TUNは、5人+1人だった。もう同じ器には入れておけないところまで来てしまったんだな、というのがひしひしと伝わってくるくらい、分岐点にいた。だからなるべくしてなった結果だと、割と受け入れるのも納得できた。

 

「みんなは嫌いだったって言うけど、僕は最初からずっとKAT-TUNが好きだったよ」

 

田口くんの言葉だ。この一言に全部が詰まってると思う。KAT-TUNのライブに行って、一番楽しかったのは、アリーナ席の真ん前に田口が乗ったトロッコがやってきて、がむしゃらに跳ねながらピースフル・デイズを歌った時だ。目の前であんなに跳ねられたらこっちも跳ねるしかない。ペンライト握った手を挙げて、一緒に跳ねた。何も考えず、ただただ楽しかった。ただただ、楽しかったんだ。

 

どうしてこうなったのかは、きっと本人たちしかわからないだろうから、時が過ぎるのを待って、心の折り合いをつけるしかない。知らされる側の私に出来るのはそのくらいだ。

 

それでもこうして書いているのは、ひとつの今の気持ちを残しておきたかったから。不快に思う人もいるだろうし、誰かを傷つけてしまう言葉だとはわかっています。それでも敢えて書きます。

 

私の好きになったKAT-TUNはもういない。あの頃とあまりにも形を変えすぎてしまった。あんなに好きになってあんなに大騒ぎして、あんなに大切な存在だったKAT-TUNは、もうなくなってしまった。4人のKAT-TUNが最近安定してきて、この前のコンサートもすごくよかったと聞いて、DVD見てみようかな、今のKAT-TUNとして好きになれるかな、と思い始めていた時期だったので、余計にショックが大きい。3人でKAT-TUNだと名乗らないでほしい。それは、KAT-TUNではない、別の何かだ。あの頃の抜け殻をもうまとわないでほしい。歩んできた歴史をあの3人が背負うには、荷が重すぎる。そして、もう背負ってほしくない。そんな3人を見たいわけじゃない。亀にも、たっちゃんにも、中丸にも、もっと幸せにアイドルしてほしいんだよ。今のハイフンにも、もっと幸せにファンとして応援してほしいんだよ。6人の時代も、5人の時代も、間違っていたわけじゃないよね?けれど、KAT-TUNはもうおしまいにしてほしい。元ハイフンだから言えるのかもしれないけれど、古巣がどんどん変わってくのを見るのは耐えられない。

 

赤西くんの時より、聖の時より、今が一番ショックが大きいです。